絵空事を生きる

突然、自分の日常生活の前に絵空事の様な話が舞い込んできたら、皆さんはどうしますか?

 

ここ数年、実はこの絵空事の対応で私自身が大変でした。

 

「あり得ない話だわ」と頭の片隅で思いながらも、周りの厳しい対応にも対処せねばならなくなり、私のお気楽道なハズの人生航路は、自分で色々と舵を取っていかねばならなくなってしまいました。


それでも私個人としては「絵空事」で済ませておいた方が楽な事は楽なんです。

周りからの余計なちょっかいは少なくなるだろうし、表面的な変な意地悪も受けなくて済む事も多いでしょう。けれど最近ちょっと違うかな⋯と思い直しまして。

実はある人物から想いを沢山遺されて別世界に旅立たれてしまったのですが、この「想い」に対して最近の私の考えが変わって来たというのもあります。

その人物には沢山の人々が慕っているという、いわば私とは真逆の優れた人でして、その周りに集う人達の事を、話の都合上ここでは「信者」という言い方にさせて頂きますね。

ただ優れた人物ではあったけれど、自分の望みを叶える事が出来なかった。晩年に不幸が続いて弱っていた側面もあるでしょうね。

当初は自分だけが理解をしてあげればそれでいいんじゃないかな、とも思ってたんですが、人間ってどんなに熱狂的信者であっても、結局その方の為に動いている訳じゃないですからね…いえ、それが悪いと言っている訳ではないんです。

人がそういった生き物である以上、あくまでその方の気持ちが宙ぶらりんであるという事に私の方が気付いた、というべきかな。

それで色々と考えて、取り敢えず自分の作る小さな作品の中に、気持ちを投影させてあげる事にしたんです。けれどこれもね、おおっぴらにやるとかなり障害が増える(笑)

 

とあるブログさんが、頭のオカシイふりをした信者さんの読者に邪魔をされていたのとかをずっと読んでいたので、かなり見えにくい表現方法にしないと難しい訳です。

その信者さんにとっては都合が悪いからこそ邪魔するのでしょうから、ひたすら熱狂的というのも考えモンですよね。

 

ただ、殆どの信者さんが30~40年も好きであるにも関わらず、顔も名前も知られないままその方にこの世から去られてる訳ですし、そういった気持ちもこの世には残存しているので、なるべく逆上させないで表現しないといけない。

 

難しい事が山積み(笑)

 

表現している場所のジャンルも私自身好きではあるのですが、元々好きな人にも失礼な話にもなってしまうので、なるだけトラブルは持ち込まないで欲しいな…という他力本願の元で作成しています。